親と子の喜ぶポイントが全然違ってた話

親と子の喜ぶポイントが全然違ってた話

2022年12月1日 8年前(コロ助1年生)の2014年9月13日

コロ助が、学校から
展示し終えた夏休みの作品を持って帰ってきた。

夏休みの漢字ドリルや算数のプリント、
他の宿題もろもろをおろそかにするほど制作に没頭してた作品。
電気入れる意外はほとんど一人でがんばった。
やっぱり好きな事は夢中になるんやな。

空き箱の上面に薄く紙粘土を伸ばしてアスファルトを敷いた
国鉄のコンテナと近鉄電車の並び…!


この作品、
展示する時に作品名を書いた札に設けてある
「おともだちがさわってもよい」の欄に印をつけてたので、
みんなが触って遊んでボロボロになってた。

でも、
皆が触って、傷んでしまったことは、
本人はいやじゃなかったようだ。

コロ助は優しいからなのか。

みんなが触ったことが、
嫌というよりむしろ
嬉しかったようなのだ…

あんなに頑張って作ったのに、いいのだろうか…
いやなのを我慢してないだろうか…
親だけがヤキモキ…(笑)

酔っ払いおじちゃん。コロ助は保育園のころ、特撮映画の監督になるのが夢だった。
あらららら

ハッとした。

親は子どもに傷ついてほしくない。
子どもに「いい思い」をさせてやりたい。
それはある種の本能だろうと思う。

そして、先回りする。
注意をする。
ある時は叱る。

でも、子どもが傷つくポイントや、
「いい思い」のポイントは同じとは限らないし、

「いい思い」をさせたいがためにする
親の先回りの予防線は、
親が思う「いい思い」のため。

すなわち、
言い切ってしまうとするなら、
親の都合。
なのかもしれんな。

親も子も別の人格を持ってる別の生命体なので
あたりまえのことなんやけど、
うっかり忘れてしまうことがあるかもしれんと気付かされた
8年前の夏休み明けの出来事だった。

ALWAYS 三丁目の夕日とか、ウルトラマンとか、やっぱり昭和が好きなんやな

それから2年後、
コロ助、3年生。
その年も「さわってもいい」にしたかったらしいけど、
先生が、壊れたらあかんから…と、止めてくれたらしい。
先生もまた、先回りしてコロ助を守ってくれた。
親としてはホッとして有り難いような、
好きにさせたってほしかったような、
複雑な気持ちでした。

電じはそくていき…笑。確かに!

コロ助はみんなに音を出してほしかったんかな…
いや、でも、壊れなかったおかげで今も現役で使えてるしな…
うーむ…


なかなか難しいな。
親子が難しいって感じることがあるとするなら、
そのあたりにコアな原因があったりもするんかな…

子どもの未来を思えば思うほど、
子どもの今の気持ちを蔑ろにしてしまう
そのジレンマ。

ただ、そのわが子を思う「想い」が、
目の前の子の幸せをただ願うが故のものなのか、
子どもに不利益が被らないことで自分が安心したいという「想い」なのか。

そのあたりは、
その都度、
自分に問うていきたい。




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